すべて幸せの伏線回収

幸せになれる気しかしていない

うっすら死生観

カレンダーの日付、4月19日。

小学校6年間を過ごした旧友らは、

わたしの頭の中に徹底的にたたきこまれている。

明日は、優しくて可愛くて猫を飼っていた

さくらんぼ農家の女の子の日。

売りものにはならない、大きくて赤くて甘酸っぱいさくらんぼを春になるとおすそ分けしてくれる。

 

経験は美化されて幸福度が高まるから、お金で経験を買ったほうが良い。

その通り。

これまで関与してきた人はすべていいひとだった。

ぜんいん幸せでいてほしい、そのついでにわたしも幸せでいさせてくれ。

 

昨日カラオケに連れていってもらった。

Mom、東京に一人でいったとき女の子と友だちになった。

Lucky Kilimanjaro、河川敷を歩きながらいっしょに歌って帰った夜。

Lucie,too、UlulUに会いたくてついでに聞いたっけ。

羊文学はそうだ、ギャルとサーキットライブで聴いた。

KANA-BOONはまさかこんなにごたごたするとは思わなかった。

ネクライトーキー、コピーしようって言ってくれた先輩元気かな。

銀杏BOYS、先輩たちの演奏で脳内再生される。

もっと一緒にライブに行けばよかったって本気で思ってるよ、これはSちゃんのことば。

 

帰り道、私たちあんまり長く生きたくないねとのんびり友だちが言って

晴れてもいない空をぼんやり眺めてわたしは返事をしなかった。

 

今年は大学4年生。

今月は4月。

もう一生会わない、会えないひとがたくさんいて、最後の会話なんだったんだろうか、

どんな顔だったか思い出せなくて悲しくなる。

誰かの記憶にわたしはちゃんと生きているんだろうか。

誰かの記憶のすみっこでわたしはきちんと笑っていますか?

たまには思い出していてほしい、

わたしはたくさんみんなのことを思い出している。

わたしの中で生き続けているひとがたくさんいるんだよ。

 

こんな感じで今日も日付けが変わる。

久しぶりに書いたらだーっと落ちていく感覚がしました。

おやすみなさい。