どこにいてもおなじさ

30日

いままで起こしてきた誤りとか放置している問題が、むくむくと大きな怪物になり、私の幸せな部屋に住みはじめて、謝りたくなる。一か月に1回はこの状態になって、毎回泣きついて友達に電話するの、埒が明かない。

「自己完結してそうですよね、落ちこんだときは1週間は連絡とれなくなるみたいな」、反射で笑い返す。後輩は女の子に好かれるだけあるなあ。

 

26日

およそ1年半年ぶりに帰省した。4日間。

友達と会う前、帽子がないと駄々をこねると、家族それぞれが探し出した。車を運転するのはやめたほうがいいと父の意見に誰も異を唱えなかった。芋煮が食べたいとぼやいていたら、4日目の夜ごはんにでてきた。

私はこの家の、ひとり娘で、妹だったことを思い出した。

金色のみえない一枚の布が私を包みこみ、もう何枚もの布がすでに私を守っていたことに気づいた。

 

24日

母はいっとき脚本家になりたくて、面接を受けにいっていたらしかった。

どうしてやめたのと聞いたら、お金に不自由したくなかったからと答えた。

祖父の会社で働くために田舎に帰る父についていった母のことを、文化的な生活を好む母のことを、私はわかりすぎてしまう。

私、お母さんみたくなるねと言ったら、母はいったん言葉を置いて、「お母さんよりうんと幸せにならなくちゃ駄目よ」とだけ返した。

大滝詠一のCDをかけて二人で歌いながら車を走らせる。小さな家は、母の本来の可愛さがちりばめられた、かわいいおうちになっていた。

帰りにキャロットケーキを包んで持たせる。私たち、ソウルメイトみたいよね、帰りのLINEで母はそういった。

 

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23日

中学と高校の友だちのことは、ちゃん付けで呼びたくなる。

短い帰省のあいだで私が会いたかった友人は、二人とも一番の仲良しではなかった。

待ち合わせ場所がない田舎で、小学校で待っていると、一人は近くの墓場に到着し、もう一人はびゅーっと目の前を通り過ぎていった。

あまいケーキと苦いコーヒーを楽しみながら、好きだった男の子と意地悪だった女の子の名前を並べる。もう時効になってしまったすべてのこと、人質を交換するみたく白状する最近のことを。

別れた恋人の話になって、まあ理性でわりきれないこともあるよね、と彼女は言った。私がかわりに元恋人の写真預かっておくよという申し出は、断られてしまった。いいじゃん、みんな同じ給食の班だったんだし。

 

田舎のイオンに連れてってもらって、二人で高校生の顔になりながら話し歩いた。

こんなに人がいるのに知り合いには会わなかった。

私が生きている世界って狭いんだね、地元から出たことのない友人の横顔を私は見てしまった。

 

29日

レジャーシートを敷いて、草刈りをする向こう岸のおじちゃんをみながら、パンを食べる。

川は右から左に流れているのか逆か、鴨は好きか嫌いか、父と母のなれそめや共通の知り合いのあることないことをうつらうつら話しているうちに、私たちの横に座っている人は、恋人同士になり、犬を二匹連れるおばちゃんになり、自転車を漕ぎにきたお兄さんになった。

草刈りをしているおじちゃんの仕事ぶりは、目に見えるほどすさまじく、私たちは彼を労った。

いつも通り、あのとき大阪の羊文学のライブに行くべきだったことと青春18きっぷで西を旅する予定だったことを悔いると、だいたい話すことはおしまいになった。

私たちってもう来年はここで生活していないはずなんだなあ。

鴨は水の流れに逆らえず、右から左へとゆったりと揺蕩う。

 

わたしの今の生活のなに一つもかけてほしくなくて、なに一つこれ以上いらなくて、満ち足りていて、何かを見落としている気がして、大丈夫かなあ。むくむくと大きくなった怪物に毛布をかけてまた眠りにつく。

 

間違ってるとか正しいとか そんなことどうでもいいと思った
今日の晩ごはん何を食べよう 晴れてるうちに買い物しよう

どこにも行きたくないよ ぼくは君といたい
どこにいてもおなじさ 君さえいれば