なんでもない日々

 自分のTwitterを見返していたら、とにかく泣いてばかりで呆れた。泣くことが非日常的だからこそ、ツイートするのだろうけれど、それにしても泣きすぎだよ。どうにかしてくれ。

 今日、実は前から画策していた美術館に行くことをひとりで遂行した。住んでいるとこからはちょっと遠い街。大学の友人が住んでいるけれど、連絡しないつもりでいた。ひとりで美術館に行って、街を行ったり来たりしながら、喫茶店や本屋さんに気まぐれにはいる。いつかの東京ぶり、心持ちがしんとして、思考は思うままにすいすいと進んで、なかなかにいやされた。買い残したお店にふらっと立ち戻ったり、突然ベンチでぼーっと座ってみたり、閉館30分前にもう一度展示をみたりした。水が光の粒をもって流れていくのを、自転車でひとがのんびりと通り過ぎていくのを目に留めながら、わたしは学生時代の街からでてきてよかったと心の底から思った。もっと知らない街に行って知らないことを知りたい。若さだってそろそろすり減っちゃうんだから。

 ひとりで遠出するのはいつも、ライブがあるからだった。演奏する彼らはきらめいていて嬉しい。わたしはでもそちら側ではない、きらめけないことをそのたびに思い知らされて、悔しくて寂しいのだった。たくさんの人と音楽を聴いているのに、アーティストはわたしに歌いかけているのに。ライトがぐるぐるあてられて、余計にひとりなのが際立つんだ。

 あれからまた時間が経った。性懲りもなく、古本を買いあさっている。わたしは一人暮らしを春からはじめた。自分のお金で、自分の時間で、生きていかなくちゃならなくなった。毎日毎日働いていたらあなたの名前の漢字を忘れるなんてことはないけれど、明らかに心は窮屈になっていて、自分の器の小ささに辟易する。なにが苦しいのかわからなくて、むしろ苦しくないはずなのだけど、ドライヤーで髪を乾かしながら、洗濯機に背中を合わせて本を毎晩読んでいる。強くなれ、先輩の声は、ドライヤーでかき消してしまえ。ごめんなさい、とすぐ謝るくちぐせはいつのまにか母そっくりだ。わたしまだ22歳、わたしもう22歳だ。

 遠出した先の古本屋で母へ本を買った。わたしが小さい頃から、あなたはどこか知らない遠くの街でお母さんたちのことを忘れて生活をするんだろうね、と聞かされてきた。

 わたしもうずいぶん遠くまで来てしまって、だいたいは母の予想通りに進んだ、幸いにも。でも、お母さんの料理を思い出して、きゅうりと卵と豚の炒めものも手羽先のキムチ煮も作るし、パソコンで無機質に体を作動させながら、頭では緑豊かな登下校の道を反芻している。

 なんでもない、言い聞かせる日々を繰り返して、わたしは次の夏で23歳になる。ラブリーサマーちゃんはどうしたいの?って歌って、シャムキャッツ がこのままでいれたらいいねって、カネコアヤノは次の夏には好きな人連れて月までバカンスしたいって言う。わたしはもうわかってるはずだ。

 

 f:id:meguroo:20220509131146j:image

 

パウンドケーキが焼きあがる

4月ももうじき終わりがくる。

花々は知らないあいだに咲きほぐし、新緑がきらめいている。

慣れない通勤路の最短ルートも知って、自転車から補助輪を外すみたく、重たい上着を一枚ずつ脱ぎ捨てていくみたく、どこかがひとつずつ軽やかになっていく。

今までの友人も知り合いもひとりもいないこの街では、同期だけが頼りだ。だって、相対的にそうなるしかないから。

 

絶対的に確かなことは、実はあまりない。けれど、友人とはいまのところ、定期的に電話をしている。

電話の向こう、去年の春はわたしたち、なにも進路が決まらなくて、海岸沿いのミスタードーナツで働こうって言っていたね。去年の冬はわたしたち、卒業できるかだって不安で、教授に甘ったれていたよね。私たちの会話に、ミスタードーナツ卒業論文も、昔好きだったバンドも出てくることはなかった。

バス来たからと、すぐに電話は切れて、そこからは特に連絡もしていない。本当にひどいときに電話するから、そちらもどうかお願いね。

 

 

何も変わってほしくない春、といったのはこのわたしだ。間違いない、嘘でもない。卒業式の翌日、友人と別れる朝、パンを食べながら、もそもそと会話をした。

わたしって、働いたら変わっちゃうのかな、漠然と投げかけると、もそもそとパンをほおばりながら、「足もとにあるタイルの可愛さにいつまでも気付ける人でいてほしいなあ」、と返ってきた。

公園では少女と母親が追いかけっこをしていた。わたしたちもいつかああなるということ?、首をかしげた。ひい、ふう、みい、覚悟が足りていないうちに、決断を迫られている気がして、口の中がざらついた。

 

 

まわりを見渡すと(正確にはインスタグラムを巡回すると)、女子高時代の友人らの多くはなんだか相応の恋人がいて、同年代の子たちは厭わず何らかを発信している。わたしはどうやらかねてより願っていた、遠くのところまで来てしまったようです。

itkmksのアカウントが友人に知られてももういい。恋愛のみじめな話だって叱って笑い飛ばして。かねての私には手の届かなかったような可愛い人が恋人になる。高校時代の友人にいつだって連絡をとっていい。いつか見返すと名付けた呪いは、朗らかな祈りになっていた。もう誰も見返さなくていい。

過去は過去でしかない、ノートの走り書き。昔みたとびきりの映画のストーリーは、さっぱり思い返せなかった。春になったら、先生に連絡しますといった彼女からのメッセージはまだ届かない。それでいい。

 

5月がきて、5月もまた終わる。私はまた自転車で帰る。

 

f:id:meguroo:20220424042718j:image

 

 

桃源郷に帰りたい

 

 

 二日続けてみた夢。まどろみのなか、覚えていることを反芻した。「桃源郷」というタイトルの話を古いiPhone黒歴史フォルダにを残していたことを、すっかり忘れていた。何かに傷つくのにはもってこいの季節、というわけで黒歴史を浄化させてください。

 

㈠春子

 

 リップクリームを塗ろうと思って、くるくるまわしてみても空回りした。

 もう終わりなんだ、これで。

 荒田がくれたリップクリームは、はちみつの、あまくてやさしいかおりがした。もう忘れたから、なにも気にしない。ただもらったから、使っているの。だって、もったいないじゃない。お決まりのことばを口でなぞりながら、リップクリームはいつもただしく、くちびるをなぞってくれていた。口角は自然に上がっていただろうか。あのときも。

 

 荒田は、嵐みたいな人だった。それでもって、荒田の記憶を呼び起こすたび、ひどくやさしい、がさついた陽だまりにいたような気がしてくるのだから、不思議な人だ。

 はじめて会ったのは、野球場だった。仕事の付き合いで、同僚らと野球をみにいかないとならなくて、春子はしぶしぶ腰を上げたのだった。仮病で休むことも考えたけれど、臆病な春子は、結局仮病のメッセージを抱えたまま、ワンピースにダウンを着て、スニーカーを履いて玄関を出た。あのときは夜が暗くなるのがはやくて、春子はそういう時期には、ゆっくりと部屋で過ごしたかったのに。初冬にナイターなんて、馬鹿馬鹿しい。心のなかで毒づきながら、同僚と会えば笑顔を固めた。異様な昂揚感でほほを染め上げる同僚を横目に、春子は冷蔵庫にある鶏肉の賞味期限を思った。やっぱりナイターなんてろくなものじゃない。同僚たちからぬけて、ぼんやりとベンチで休憩していると、横に現れた青年。それが荒田だった。柔らかな栗色の髪の毛をした彼は、手洗いにいったら、元の場所がわからなくなったと言った。やや八の字に傾けさせた眉、困った、でもどこかで許されると思っている瞳、それがはじめて、春子のみた荒田の顔。悔しいことに、最後にみた顔と似ていて。

 一目惚れしたわけじゃない、されたのだ、と言い聞かせるけれど、あれはどちらが先だったのだろう。荒田は友だちをそれほど真剣に探さなかったし、わたしは冷蔵庫も財布のなかみも、同僚たちの顔もうつろに、飲みに行く提案をうけていた。

 

 「春に生まれたから春子なんだろう」

 もう幾度めかのありきたりな文句も、荒田の声帯から発せられると、好色めいたものだった。「荒田は、荒野にいるような感じがする」とは、心のなかにしまっておいた。いつかとびきりのときに答えるために。春子の誕生日には、口紅を頂戴。リップクリームと合う、かるい桃色の口紅を。ああわかったよ、荒田はくぐもった低い声でそう答えて、また春子の胸に顔をうずめてみせるのだった。

 

 ねえ、どうして。どこからかほがらかな風がふいて、頬の髪の毛を揺らす。春はもう、すぐとなりにあるのだ。二人で身を縮めあった、あたたかな冬。荒田の首筋にふれた、荒田が春子にふれた、それだけがたしかだった夜。あの冬、あの夜から、眼を覚ませと急かされているようで鬱陶しい。手持ちぶさたになった手と、乾いたままのくちびる、帰る場をなくした足もと。来週で、春子は誕生日をむかえる。

 

🉂桃子

 

 次の春で、あの町から離れて、もう八年目になる。なにもないだだっ広いみどりの中に、一本の道がずうっと続いていく町。半径五キロ圏内でしか、生活しない、顔を合わせない奴らのこと。桃子は思い出す。煙たい煙草と草のにおいがむわっと蘇る。

 

 あの町にあるすべてのことに腹が立って、高校を卒業してから捨て去るように飛び乗った夜行バス。八時間は、やけに長かったけれど、ものすごく清々した。サービスエリアのトイレで、笑いが止まらなかった。

 桃子が上京してから、町を訪れたのは片手で数えるほどしかない。成人式と祖父が亡くなったとき。結婚の挨拶すらしなかった。長女の由美が生まれても、こちらの住所を記載せず、はがきで知らせた。成人式だって、友人がどうしてもというから付き添ったようなもので、特に誰とも話さなかった。祖父の葬式では母親と会話らしい会話はしていない。もうこれで、あまり帰らないから。母親の顔は年々輪郭を失っていく。

 今日は火曜日、由美のお迎えが少し早い日だ。このままだと、次の英会話教室に間に合わないかもしれない。桃子はいわゆる英才教育というのもあまり詳しくないけれど、教室であったことを嬉々として話す由美はたまらなく愛しくて、笑みがこぼれてしまう。そして、あの町にはないすべてが揃うここで、あのとき持っていなかったすべてを揃えたような気がして。だから、と、歯の奥のほうを噛みしめる。ちょっとやそっとのことは、桃子が我慢すればいいのだ。隆さんもそういうのだから。

 

 高層マンションのエレベーターを抜けて、部屋に戻る。由美をなだめながら、桃子は軽く化粧を直す。隆さんは、いつでも桃子に身を整えていてほしいそうなのだ。作り置きしていたロールキャベツと茹でたブロッコリー、人参と大根のマリネ、取り寄せたフルーツを手早く並べる。ランチョンマットは花柄と決まっていて、位置を微調整せねばならない。隆さんがベルをならしたときから、桃子にはわかった。いつもより大きい歩幅、苛立っていると相手に伝えるための目障りな動き、余分な音。こういうとき、決まって隆さんは言う。「桃子は、俺が結婚してやったのだ」。

 確かに身よりもつてもなく、東京で夜に働いていた桃子が、隆さんのような大企業で働く人と結婚できたことは、かなり恵まれているだろう。境遇にほれぼれすることさえある。当時の桃子はこれといった学歴も資格も計画性もなかったのだから。ただ若さを持て余していた。それでも何遍も執拗に言われるうちに、桃子にはわからなくなってくる。コンシーラーの減りだって最近は早い。隆さんが出張をたまにうそぶくことだって、桃子は知っている。

 

 うつくしい桃がなる町で生まれたから、桃子。いつのまにか、やけに喉が渇いていた。こんな、よくわからない、隆さんが選んだくだものではなくて、あの町のしたたるうつくしい桃にかぶりつきたい。由美が泣き叫んで、隆さんが地鳴りのような声を上げる。ランチョンマットがぐちゃぐちゃに汚されていくのを桃子は視界でとどめた。

 

🉁永遠子 

 

 永遠子は死んだ。十七歳だった。

 春めいた景色の、野草以外何もないおだやかなところで死んだ。勢いよく現れた原付を避けられなかった。永遠子にとってそれは、突然の死だった。

 人々は永遠子との別れに絶望した。永遠子の葬式で涙を流したのは、まず、野田くんと京子だった。絞りきれない雑巾のごとく、どこまでも広がる海のごとく泣いた。野田くんと京子の涙はそれでも似通った理由だった。しかし二人には知る由も、永遠子に真実を尋ねることも、もはや成す術がないことなのだった。

 二人はそれぞれ、永遠子と蜜月の関係にあった。永遠子はあまりにも魅力的すぎたから。二人はお互いの存在を知らなかった。永遠子はあまりにも秘密めいていたから。

 野田くんと永遠子は、ソフトクリームを食べるのが好きだった。野田くんのボタンはいつも、一番上までとめられていた。野田くんの前にいる永遠子はどこまでも強く、しかし儚く、美しいのだった。永遠子のやわらかな髪の毛が顔にかかるのが、野田くんはたまらなく好きだった。

 京子と永遠子は、海岸沿いを歩くのが好きだった。京子の髪の毛はいつも短く切りそろえられていて、首すじをありありとみせていた。京子の前にいる永遠子はどこまでも弱く、少し我儘、そして美しいのだった。永遠子のすらりと伸びた足が砂浜につき汚れていくのが、京子はたまらなく好きだった。

 

 永遠子は死んだ、誰に何を話すわけでもなく死んだ。永遠子は死んだ、どこにもどこへでも行けないうちに死んだ。永遠子は死んだ、野田くんと京子を十七の春に取り残して死んだ。

 

 

夜にケーキを食べていい

 幸福をのむことは、不幸になることよりも覚悟がいることだ。

 これ、なんだっけ、岡崎京子?わかった、下妻物語だ。 

 不幸でいる方がよっぽど楽で、幸福な生活の隙間のどこかにほつれをさがして、大丈夫、怖くない、私はまだ不幸にだって慣れていると唱える。幸せな日常の映像に、大丈夫、こういうのはよくあるはずだと言い聞かせる、言い聞かせるけど、やっぱり、いまってかなりしあわせでとくべつ。こんなにも変わってほしくない、失いたくないと思う春がはじめてで戸惑う。好きな人がわたしの好きなものしかない部屋にいる春が訪れてしまった。spring、has、come、もっと強くなりたい。

 新しい春だから、毎春なにかしらを捨て去ってきたわけで、新しい春だから毎春ときめいた景色に苛立ってきたわけだけど。とてもおだやか、おだやかで目をみはってしまうほど。一歩進んで二歩下がるような大学生活に、駆け足で別れを告げた。

 

金曜日

 友人と好きな川沿いに泊まって、好きなお菓子屋さんのケーキを買って、好きなチャイティを飲んだ。わたしたちも、極まったものですね。夜、意味のわからない海外の料理番組をみながら寝た。友人はずっと可愛かった。

 

土曜日

 お昼、研究室の同期たちと会った。コストコのマフィンは半分でもういいかなと思った。みんなよりすこしはやく帰った、もう少し話していたかったけれど、そのくらいがちょうどいいんだった。

 夜、バイト先の憧れていた先輩と餃子を作った。てきぱきと仕事を捌くさまが好きだった。てきぱきと作られた餃子は、てきぱきと作られたなりにとてもおいしいものだった。

 

日曜日

 最後の日曜日のカネコアヤノのライブは、金沢からの手向けの花だと思うことにした。カネコアヤノは私の大学生活に寄り添ってきた、それは、どういうことかというと、カネコアヤノの言葉の端々、音のすみずみに、私の大学生活のやるせなさ、つまらなさ、眠れない夜、帰れない道、泣いた川、むかつく自分、そしてとびきり楽しい日々、愛しい人たち、恋しい街並み、不安、はかなさ、かけがえのなさ、それが反射して、ありありと住みついている、染みついているんだった。かわる、かわる、かわる、かわる、変わっていく景色をうけいれろ、屋根の色はじぶんできめる、美しいからぼくらは。私はもう大丈夫なんだという安堵と、傷ついて傷つけたこの街や人々ともとうとう離れなければならない不安、視界がゆがんで、それでもカネコアヤノはずっと光のなかにいた。帰りに、燦々のCDを買って、まっすぐに一人で自転車に乗って帰った。夜の金沢をこうして自転車で乗って帰るのが、私は好きだった。

 

月曜日

 大学生活で一番乗ったであろう友人の車を洗った。気分がよかった。ハンバーガーを食べたあとで、おなかいっぱいになりながら、悩みは誰だって適当にきいているんだから、なんだって話してみてもいいんじゃない、とそれとなく言われた。

 最後のバイト。今日最後なことを告げれば、きょとんとされてやめがいがあるものだなと思った。軽くゆるい関係にあった人間関係、どうもありがとう。ケーキやらハンカチやら大福やらをもらった。続けがいがあるもんだ。

 

火曜日・水曜日

 その瞬間において、私たちは確かに、永遠に友だちだ。3人のきらきらした笑顔や声があちこちに散らばった。やさしさに頭があがらなかった。いつかまた必ず会いましょう。日当たりの良い部屋で待ってるね、ミスタードーナツを買って帰ろう。

 

金曜日

 4年間のすべては、5袋のごみ袋と15個の段ボールに煩雑にかわいらしくおさまった。一時間もしないうちにあっという間にトラックに積み込まれていくのを、茫然と眺めていた。ホワイトボードに書かれた自分の名前は、除光液に浮いてすんなりと流れていった。

 金沢を離れた。もう帰る部屋はない。とびきり走りたい気分だった。金沢で起こったこと起こらなかったこと、全部を思い出したようで振り切りたかった。金沢での生活はこの先、何度も思い返すことになるでしょう、との父の手紙。金沢を学生時代を過ごした街としてとっておける。さよなら、お元気で、名前も顔もない街の人にあいさつした。金沢の女の子というタイトルで私のことを思い返す人がいることを思った、これは呪いだ。好きな人たちと離れて暮らすということは、いざというときにいっしょに死ねない可能性を高めていることなんだとわかった、これは祈りだ。

 

 次の街でも、どうかみなさん、変わらず愛しく。

 

f:id:meguroo:20220320183832j:plain

 

 

 

 

保存された新しいメッセージは0件です

 迫りくる来春へのときめきと、ほんとうに何事もなく卒業できるのだろうかという不安、ジェットコースターみたいだと思っていたら、友人らもそう思っていたらしく、すこし救われた。いまの一番の祈りは、卒業して就職することかもしれない。(卒業確定のお知らせが3月はじめって遅すぎる)

 

 連日、大学生活の腕をつかむように、スケジュールの空白を埋めている。もう会うことはないかもしれない、糸をつなぐようにつきあわせる顔、からまりをほどくためにする連絡、まだ縫い目は続いていくのだとつなぎとめる言葉。冬がきわまっていたころよりも、やりとりをする相手がふえた。かわりめだから、と言い聞かせて連絡をする。いつか叶うかわからない約束を何個だってつくってやる。

 

 サークルのつてから、先輩が会社をやめること、後輩らが付き合いだしたこと、同期が留年をすることを知った。いびつだったけど、あの場に身をおいていて、やさしくされていたこともあったんだな、なんか変なの。

 

年始

 冬の凍てつくような夜、友人と電話をして帰った。男のひとが、魚をおろしてもってきてくれた、ひとつも骨がはいっていないまっさらな切れ身。二人で食べましょうと持ってきたお菓子は、たいしたものでも、ひとりで食べきれないものではなかった。友人は夢のなかから電話をかけている風情だった。

 

木曜日

 机上の空論、ランチテーブルにおかれるパスタ、オムライス、コーヒー、ケーキ、アップルパイ。GUやユニクロが、ニトリが安い理由にめをつむって買いものするみたく、たくさんの約束を軽やかにかわしていく。

 

金曜日

 本を三冊読む合間にケーキを焼いて、疲れたら本を読んで、もう一度ケーキを焼いて、本を読み終えた。焼いたケーキは、ほとんどひとりで食べてしまった。

 

火曜日

 ゆるふわな雰囲気とはうらはらにある、たしかで強いところが好きで友達でいたんだ。仕事を選んでしまうかも、だれかより自分のことを大切にしたいからと難なく答えた友人は、たやすく車を右にカーブさせていた。恋愛のはなしは数えるほどしかしたことがなくて、いつも人づてに噂をきく。そんなのでいいと思う。彼女にいま好きな人がいるかも、私のことも、なにもしらないまま、ケーキとコーヒーをたいらげて、ろくろで陶器をつくって、焼き菓子を買って帰った。口はつねに忙しくて、ずいぶんと喉がかわいてしまった。

 

水曜日 

 友人のまつげにみとれていたら、一日は終わった。同じ出身地で、となりの席に座ったから、苗字が一字違いだから、それだけのきっかけだけで、ここまで仲良くしてくれたことがうれしい。帰りのバス、この子のまつげはどうなっているんだろう、となりの席からぬすみみたのは、はじめて会った日も今日も変わらなかった。

 

 案の定バスは遅れていて、ぼうぜんと立ち尽くしていたら、女性に話しかけられた。政治の署名を集めているらしくて、今すぐに今日、ここに、名前を書いてほしいんです、と強くいった。ボールペンはつめたくて、文章に2回くらい目を通していたら、バスが来ますからと言い残して女はいってしまった。咀嚼できていない社会問題がやまほどある。ウクライナの緊迫状態、大型地震ハザードマップ、台湾の独立を求める声。それでも、わたしはわたしとして、卒業できるかどうかが気になってしまうんだった。もう春。わたしは春を好きなひととすごしたことがない。猫はうまく飼い主をみつけられるだろうか。

 

図書館の一隅より

1月ももう8日。私は相変わらず。

 

卒論は書いても書いても抜け穴がでてきて、抜け穴を封じるために、たしかなことばでつなごうとするのに時間がかかってしまう。

今は図書館の一隅にいて、12月の会話を思い出したから書き留めておく。

まわりの人は、熱心にレポートをぱちぽち打っていると思っている。

 

「あなたが楽な道を選べばいい」

これは、大学をもう一年いることに決めた友人が、教授に言われたらしい。友人はずっと気をはりつめていて、水面下に冷たい苦悩がいくつもあったようだった。これは大丈夫な欠片、と分け与えるように、少しずつ話してくれたのだけど、点と点がつながって、ああそういうことだったんだなと自然と腑に落ちた。これまで気づかなくてごめんね、というのは、ラインに打ったけれど、送らなかった。どうか、刺さったままの残りの欠片も、少しずつ誰かにわたせますように。誰かは私でも、私じゃなくてもいいから。「楽そうな道を選べばいいんだって」と唱えていた、私も心の中で追いかけるように。「余裕があるときにやさしくできればそれだけで十分だよ」というのは、自分に言い聞かせるように。

 

今年も無事集まれたので、友人らとのクリスマスパーティは大学4年間を通したイベントとなった。卒論やら自分やら最近のことを嘆くと、友人は器用に車を運転しながら、片手間で答えてくれた。

「結局中途半端にするのも苦しいと思う」、う~んと前置きに唸りながら。

そのあとはケーキを食べたりお肉を焼いたりカードゲームをしたりで忙しくて、この言葉にかまう暇はなかった。

 

1月6日のメモ、「楽そうな道は楽じゃない」。

去年のタスクを並べると、1月~7月就活、8月~9月教育実習、10~12月卒論。いつも隣りになんともかわいくない現実課題があって、寝るときもごはんを食べるときも横にいながら暮らしていた。

けどきっと、もうちょっとかわいがってうまく付き合う方法だってあったはずで、これは今後の課題。

楽だと思って逃げて選んだ怠惰な自分は、あんまりかわいがれなかった。不器用だし、効率が悪いがんばる自分のほうがまだ好きだなあ。

 

ということで今年は。

12月の注意書き、「逃げると頑張らないは違うよ」。

ぐっと力をいれるところは、力をいれて握りしめて。大切なものは離さないでいて。

 

音楽メモ

1月の雪と卒論のやわらかな難しさとカネコアヤノはとびきり合う。

カネコアヤノが旬の季節です。今聞くと、いつもよりおいしいよ。

今日は帰って鯵を焼こうと思います。

 

 

忘茶会

 

雪をみると、心持ちがしんとする。

大学までいくのが億劫になって(大抵の場合億劫)下の階でぼ〜っとしてると友人がお湯をとりにきた。

お裾わけした紅茶のティーパックにお湯をそそいで、一杯分、ゆっくりはなしをしてくれた。

外がうんと暗くて雪はこくこくと降っているのがカーテンの隙間からみえて、静かなのに騒がしい。

ここはまだあたたかくてあかるくて丸くなりたい。

ストーブのひかりとテレビの笑い声のこういうときの頼もしさ。

気休めにパソコンに文字を打ちながら、友人は紅茶を手持ちぶさたにかきまぜながら、いやなこと将来のはなし、恋人のはなしをひとつずつ話した、ひとつずつ。

勉強するのってなんでなんだっけ、こどもは親を選べなくて、恋人と結婚相手はどうやら違うし、私たち今は若いけど、もう22歳、遊牧民みたいな生き方もしてみたいし、海外のことも経済も法学も知らない、環境が左右してしまうことは残酷だし、世間は割とつめたいもんだ、育ちのいい子にはわからないこともあって、それでも私は今いる人たちを一人残らず手放したくない、音楽は捨てたもんじゃないかもしれない。

ひととおり話し終えるとひどく落ち着いて、眠たくなった。

もう今年は会えないかも、というから、たぶん寂しい顔をした。またすぐに会えるよ、よいお年を。どうか無事でいて。

わたしもあなたも、今年はもう十分すぎるほど、がんばったと思います。

 

日記 11/6

f:id:meguroo:20211107131219j:image

 

わたしのとんでもない失態からはじまった土曜日。

 

すべての行動の前に括弧書きで、(寝過ごして電車を逃したくせに)がつくようで呼吸が浅くなった。たまに教授の言葉がワッと襲ってきて背中が熱くなった。

占いの運勢が悉く悪かったと、Sちゃんに泣き言を送ると、軽く励まされた。

Sちゃん以外とのはじめての遠征ライブ、友人とはもう結構仲が良いが、2人だけで遠出をしたことがない。鞄のなかの本を手渡すミッションも成し遂げねばならない。やや緊張。

 

トークルームで待ち合わせするのは簡単だけれど実際の待ち合わせは下手すぎて、私の嫌なところが散々にはみ出て情けなかった。

ああ私は大学2回生の頃も同じようなミスをしたことがある、あああ。

鴨川を歩くとあたたかくて、それはきっと陽射しのあたたかさだけではなかったはずだ。

あのときの気持ちと視界はビデオにでもとっておいて、何回でも見直しておきたいものである。

とりあえず本を渡すミッションが片付いて安心した。

 

台風クラブは不器用にあたたかく、がさつにやさしく、ちょうどよく心に沁みた。まだまだ演奏していてほしかった。羊文学にはきっと強くて見えない羽がついていて、彼女たちが演奏するたびに、羽が舞って私たちの心に届くんだと思った。yonawoはうねうねしているのに心地良かった。出口は知ってるのにわざと迷子になっているようだった。

 

良かった。一人で行くライブも良いけど、すぐに気持ちを共有できる誰かがいても楽しかった。

 

夜行バスは23時に発車する。

発車時刻まで鴨川沿いを適当に歩いたり、伏見稲荷まで電車でいってみたりした。

夜の京都を適当に歩きながら、いろんな話をした、修学旅行の眠れないときみたいに。

失踪するときは置き手紙を書いておくと大事にならないらしい。奈良行きの特急が向かい側のホームに着いたとき。

 

いつもは共通の知り合いのあることないこと(あること2:ないこと8)の話をして楽しんでいる私たちだけど、今日は違った。

京都の舞台がそうさせた。

 

 

センターパートか癖毛が似合う男の子が図書館にいてandymoriとか聴いてたら、確実に好きになってしまうと思うね。白い光にライトアップされた夜の神社を横目に歩いているとき。

 

去年の暮れ、お互い恋人がいたことがとうとう明らかになった。京都タワーのまわりを適当に歩いて物件をながめていたとき。私たちがいままでしてきた会話の嘘っぱちさに笑った。

お互い好きな人の前ではどんな態度になるか実演してみようと話になったが、さっぱりだった。きっと友人はとびきり可愛いんだろう、なんか悔しい。

しりとりみたいに付き合っていた頃の楽しかったことを交互に言う。餃子を作った、犬をさわりにいった、葡萄をかりにいった、チョコを交換した、云々。

こう口に出してみるとなかなか大したもののような、そしてさっぱり痛くないことだと思えた。

まあ良くやったよね。

楽しかったところだけ覚えて、話したくないことは話さないままでいよう。

金沢行きのバスが着いてしまって、私たちは大人しくバスに乗った。

手元の八つ橋だけが、京都にいったことを現実味のあるものにさせていた。

 

長い一日だった。

とても。

good communication ×8

①体育座りの親友

・大学2年生の一時仲良くしていた人と久しぶりにまともに話して、私の友達の名前をだすと「ああ、親友のね」と言われた。「記憶の死ぬほど片隅」にあったんだって。記憶の死ぬほど片隅に追いやられた、私の友を思って、笑ってしまった。きっと体育座りなんかして、折りたたまれていたんだろうね。青年のパンチパーマの脳みそに、しまわれていた私の親友。

 

②ストーブもうつけた?

・卒論大炎上してるよのLINEの返事が、今寒いからあったかいほうがいいよ、だった。

 

③管轄外の愛と対照実験

・あの人いつみかちゃんのこと、好きだったらしいよと言われた。この世に私の管轄外の私に寄せられる愛があるとは、知らなかった。一度会話しただけな気がしたと言うと、原因が追究しやすいねと、理系の女の子は言った。なるほど。

 

④僕らはいつも

・動物園の写真を送ると、いまクッキー缶をとりにきたとこ、と教えられた。ひとつも会話は成り立ってないけれど、通じ合っている母子。

 

伝書鳩

・生徒からタレコミで、あの先生がいつみか先生と今度ごはんに行くの楽しみにしてたよと耳打ちしてくれた。わたしもごはん行くの楽しみなんですって返事をした、生徒に。先輩とごはんに行けたらあとはもうバイトやめてもいい。(サークルをやめたのと同じ経路)

 

⑥コンビニ寄って帰ろうよ

・「肉まん」「おまんじゅう」に喩えられたことはあるのに、「マシュマロ」は喩えられた前例がないことをたのしく話そうとしたら、いやマシュマロに中身はないし、肉まんとおまんじゅうはあたたかくて中身がぎゅっとつまっていて、断然良い、と思いがけず励まされてしまった。友に素早くレンチンされた私の心。友だちは要領が良いとバイト先でも定評がある。

 

⑦あのときばかりは家族

・トイレで手を洗っていると、「これハーブかしら」という声が前に置かれた。ハーブでしょうか、たまごみたいなつるんとしたおばあさまは横にいた。ハーブじゃないかもしれないですね、ハーブのにおいかもしれないですね、ドラッグストアの入り口まで、そのままいっしょに歩く。アルコール消毒は忘れないようにね。そうですね、ええ。

チンパンジーのコミュニケーション

f:id:meguroo:20211028182229j:image

 

なぞなぞ

こねてもこねてもパンの形にならなくて、なんかもうジャムもチーズも入れちゃって味はよくわかんないし、次の焼き上がりの工程にいきたいのにさっぱり進まなくて、そもそもレシピ間違ってたかな〜みたいな。

 

(これは卒論の話)

 

ぎゅーっとあらゆるものが、わたしに強くブレーキをにぎるようにさせて、落ちないように転ばないように、ゆっくり少しずつ坂道をくだっている。途中で止まって、やっぱりこの坂道じゃないんだなって思うなら、自転車を降りる、それはそれでよくて。たまに何かに背中を押されて、音楽にのせられて坂道をくだる速度がはやくなってもいい。でもわたしは、一本の道を進める自信はあるよ。

 

(これは恋愛の話)

 

おまんじゅうや肉まんにたとえられたことはあっても、マシュマロにたとえられたことは一度もない。その差異に詰まってるのが全てだ。

 

(これはわたしの話)

 

1×10はできるのに、10×1はできないなあ。

 

(これは人間関係の話)

 

近くでみたらすごく気持ちの悪い色をしてる恒星でも、この距離ならきれいにみえる。

 

(これは人の顔の話)

 

優しいこになりますように、ハンバードハンバードを聴かせて眠る。

 

(これはさといもを煮てるときの話)

 

f:id:meguroo:20211028182425j:image

 

 

 

 

世の中のことわからない

ごめんねって誰かに謝ることも、映画を観てもう一度みたくなることも、音楽を聴いて誰にも教えたくなくなる気持ちも、誰かとの出会いがかけがえのない運命だと信じることも、カレーの辛さにもコーヒーの苦さにもアルコールの度数にも、どんどん鈍くなっていくんだろうか。

鈍くならないと生きていけないから。

若さってずるい、「荒野にて」を2回観れたわたしにはもう戻れない。カネコアヤノを本当に好きなのはわたしだけって気持ちはもう消えちゃったな。

自分が22年間生きたとは到底思えなくて、「1999年生まれ 何歳」と打てば、Googleは親切に22歳と教えてくれた。22歳だった、にじゅうにさい、twenty two years old。

卒業論文も、研究授業も、自分の嫌いな私が権化して目の前に寝そべられ、ずっと向き合わねばならない、しかもみんなに嫌いな自分をずっと指摘され続ける。苦行・・・。

社会人になってもわたしってずっとこうなのかな、ぞわっとする。

まだまだいろんなことは諦めたくないけれど、キイチビールは貴一くんが戻らないまま解散することになった。

HelsinkiとNo Busesのライブを諦めて、ミスドでコーヒーとパソコンと向き合ってる。私は悲しい。

 

f:id:meguroo:20211010111204j:image

 

塾の生徒は毎週、恋愛の話をしてくれて嬉しい。嬉しいんだけど、先生はもう好きなのか好かれてるのかわかんないよ、関係を長続きさせる方法だって知らない、教えてくれと答えるのを堪えて、そうねえどうでしょうねフフ(^.^)って笑って、自転車の変速を一番重くして帰るんだ。

わかんないよ、わかんない。

この論文が何を言ってるのかも、自分の顔がどう思われてるかも、好きなひとが今いるのかもわかんない、最近のわたし、君にはどんな感じにみえてるの。

素直になりたいよ、論文もばしばし書きたい、後輩たちにちゃんとしたところを見せたい。

22歳、カラオケから朝帰りで、午前は洗濯物を干すだけ干して自分を許す。

洗顔のあわあわで顔をおおっているとき、悪口を吐いて溜飲を下すところを、後輩の女の子にみられていた。

払ったフリータイムの代金はあまり気にしない。鈍感になる、鈍感になる。

猫にいつもより多めのごはんをあげて、食べ終わるまでじっとそばでまてば、時間はいつもよりゆっくりと動いてくれる。

 

朝が来るたび思う

夜の間に何が起こってたの

 

置いてけぼりにされたまんま

人の気持ちはわからないな

忘れた

優しさ保険の適用範囲外だとするのが本当の優しさであることに気づいたから、連絡先を消した。というのは、自分にとって都合よく歪曲してる話で、死にそうになったら連絡してよね、と言ったのは私だった。つまり、別れても優しさ保険の対象ですからね、とはじめにお知らせしたのは私だった。優しさ保険延長料金は、私の未練、虚栄であったし、素晴らしい人であると信じていたかった可愛らしい気持ちである。「死にそうになったら連絡」の条件の下には、言葉にしなかった条件がいくつかあったが、その条件はうまい具合に伝わらなかった。優しさ保険は更新しない。ガキ使はもう放送されない。私は鼻歌を歌いながら、湯船に一人分のお湯をはろう。おみくじは来年の分を引いたら、さすがに捨てよう。耐えがたいほどのいいことが、あるべきである。

 

f:id:meguroo:20211010111616j:image

 

何年経とうたって寿命がいつ来たって忘れはしたくないなって
そう思って今日を生きていたいんだ

 

まだまだ

どこにいてもおなじさ

30日

いままで起こしてきた誤りとか放置している問題が、むくむくと大きな怪物になり、私の幸せな部屋に住みはじめて、謝りたくなる。一か月に1回はこの状態になって、毎回泣きついて友達に電話するの、埒が明かない。

「自己完結してそうですよね、落ちこんだときは1週間は連絡とれなくなるみたいな」、反射で笑い返す。後輩は女の子に好かれるだけあるなあ。

 

26日

およそ1年半年ぶりに帰省した。4日間。

友達と会う前、帽子がないと駄々をこねると、家族それぞれが探し出した。車を運転するのはやめたほうがいいと父の意見に誰も異を唱えなかった。芋煮が食べたいとぼやいていたら、4日目の夜ごはんにでてきた。

私はこの家の、ひとり娘で、妹だったことを思い出した。

金色のみえない一枚の布が私を包みこみ、もう何枚もの布がすでに私を守っていたことに気づいた。

 

24日

母はいっとき脚本家になりたくて、面接を受けにいっていたらしかった。

どうしてやめたのと聞いたら、お金に不自由したくなかったからと答えた。

祖父の会社で働くために田舎に帰る父についていった母のことを、文化的な生活を好む母のことを、私はわかりすぎてしまう。

私、お母さんみたくなるねと言ったら、母はいったん言葉を置いて、「お母さんよりうんと幸せにならなくちゃ駄目よ」とだけ返した。

大滝詠一のCDをかけて二人で歌いながら車を走らせる。小さな家は、母の本来の可愛さがちりばめられた、かわいいおうちになっていた。

帰りにキャロットケーキを包んで持たせる。私たち、ソウルメイトみたいよね、帰りのLINEで母はそういった。

 

f:id:meguroo:20210930042315j:image

 

23日

中学と高校の友だちのことは、ちゃん付けで呼びたくなる。

短い帰省のあいだで私が会いたかった友人は、二人とも一番の仲良しではなかった。

待ち合わせ場所がない田舎で、小学校で待っていると、一人は近くの墓場に到着し、もう一人はびゅーっと目の前を通り過ぎていった。

あまいケーキと苦いコーヒーを楽しみながら、好きだった男の子と意地悪だった女の子の名前を並べる。もう時効になってしまったすべてのこと、人質を交換するみたく白状する最近のことを。

別れた恋人の話になって、まあ理性でわりきれないこともあるよね、と彼女は言った。私がかわりに元恋人の写真預かっておくよという申し出は、断られてしまった。いいじゃん、みんな同じ給食の班だったんだし。

 

田舎のイオンに連れてってもらって、二人で高校生の顔になりながら話し歩いた。

こんなに人がいるのに知り合いには会わなかった。

私が生きている世界って狭いんだね、地元から出たことのない友人の横顔を私は見てしまった。

 

29日

レジャーシートを敷いて、草刈りをする向こう岸のおじちゃんをみながら、パンを食べる。

川は右から左に流れているのか逆か、鴨は好きか嫌いか、父と母のなれそめや共通の知り合いのあることないことをうつらうつら話しているうちに、私たちの横に座っている人は、恋人同士になり、犬を二匹連れるおばちゃんになり、自転車を漕ぎにきたお兄さんになった。

草刈りをしているおじちゃんの仕事ぶりは、目に見えるほどすさまじく、私たちは彼を労った。

いつも通り、あのとき大阪の羊文学のライブに行くべきだったことと青春18きっぷで西を旅する予定だったことを悔いると、だいたい話すことはおしまいになった。

私たちってもう来年はここで生活していないはずなんだなあ。

鴨は水の流れに逆らえず、右から左へとゆったりと揺蕩う。

 

わたしの今の生活のなに一つもかけてほしくなくて、なに一つこれ以上いらなくて、満ち足りていて、何かを見落としている気がして、大丈夫かなあ。むくむくと大きくなった怪物に毛布をかけてまた眠りにつく。

 

間違ってるとか正しいとか そんなことどうでもいいと思った
今日の晩ごはん何を食べよう 晴れてるうちに買い物しよう

どこにも行きたくないよ ぼくは君といたい
どこにいてもおなじさ 君さえいれば

 

恋しい日々 フフフな生活 えへへな毎日

最近のハイライト集

 

・お母さんからの荷物、厳重に包まれた紙袋を破ると甘いパウンドケーキが姿をあらわしたこと

・寝付けない夜に白いワイシャツをせっけんでくしゅくしゅに洗いつづけたこと

・教授が頭を下げて謝って叱ってくれたこと

・人生でおそらく最後の給食がカレーライスだったこと

・9:30に玄関に行くと陽気なおばさんがいて、そこから二往復して冷蔵庫を運んだこと

・良い子だねと頭をなでられて少し泣きそうになったこと

・誰かと仲良くするってことは誰かと仲良くしないってことでそれが面倒くさいこと

・川沿いを自転車で走る帰り道、河原で遊ぶ生徒たちと、大きな声で挨拶をして帰ったこと、気持ち次第で情景は変わるんだねって教えた言葉

・きらきらをわけてくれた彼らのこと

・恩師がまたひとりふえたこと

・これが最後だと思うから、と遠回りをして送ってもらったこと

・精算するように思い出をはじめから洗いざらい話しながら歩いたこと、もう会わないんだとぼんやり気づいていたこと

・映画が終わったあとの浮遊感、そのまま帰る浮ついた足どり

・あまり愛想の良くないおじいちゃんとおばあちゃんがしている小さなケーキ屋さんでつい買ってしまうショートケーキ

・自分がすべてのお金を払える飲み会があること(払わなくていいんですよ〜とか言われながら、払いたいだけだから〜とか言いながら)

・泣きながら電話できる相手がいること

・憧れですと書いてくれた少女の丸い字

 

f:id:meguroo:20210920083238j:image

 

おやすみなさい きみにいいことがあるように